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船井幸雄の人財育成術を体系化した、「ひと・コンサルタント」佐野浩一が贈る人財教育コラム。【毎月第4木曜日掲載】

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いよいよこの連載も最終回となりました。
しめくくりとして、個人⇔組織という関係にしぼり、
船井流・人財育成の極意である「5つの指針」で
まとめてみたいと思います。


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評価は、「点数をつけること」でしょうか?教育の
世界においても、評価といえばすぐさま5段階評価、
10段階評価と結びつけられることが多かったように
思われます。しかし、ある教育学者はこう定義づけて
います。


「本来、評価には『かたい評価』と『やわらかい評価』
の2種類が存在する」ということ。点数をつけることは
前者の「かたい評価」を指し、評価の一部分にすぎ
ないと考えるのが正しいようです。
それに対して、「やわらかい評価」とは、コーチングで
いえば「アクノリッジメント」、つまり「相手を認める
(『承認する』が原義)」ことにあたるといってよいで
しょう。


具体的にいえば、ホメルこと、声をかけること、話を
聞くこと、共感することなどがこれに含まれる行為
です。「かたい評価」はワンウェイ(一方向)、
「やわらかい評価」はツーウェイ(双方向)と考えると
わかりやすいでしょう。


企業における人事考課制度も、その目的は、点数化
し、給料を決めることだけではなく、教育の視点が
含まれていないことには成立しません。それによって、
モチベーションを高めたり、目標を再設定したり、反省
を促したりすることにつながらなければ、評価は「しばり」
以外の何ものでもありません。これでは本来の目的が
達成されず、経営者にとっても、そこで働くスタッフの
方々にとっても不本意なものに成り下がってしまいます。


よって、真の評価というものは「かたい評価」と
「やわらかい評価」の融合を目指すべきだと思います。
評価の本質はやはりツーウェイでなければなりません。
相互のやりとりによってはじめて生きた評価となり、
その機能を全うするのです。


評価とは、ズバリ「コミュニケーション」だと、私はいつも
いい切っています。「コミュニケーション」だから、何かが
生まれるのです。つまり、ふだんの何気ないやりとりの
中にも評価の視点は存在するということです。ですから、
はじめに点数主義の評価ありきではなく、まず相手を
認めることからはじめたいと思います。それによって、
はじめて点数による評価が活かされてくるものなのです。
つまり、「かたい評価」と「やわらかい評価」が同時平行
で行われていない限り、「人財づくり」は実現しえないと
いってもよいでしょう。


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以前も書きましたが、まずは自分自身を知ろうと
する取り組みが大切です。本人がやろうとしていない
ことに、他人が加勢することはできません。自分を知る
ための方法は、それこそいくつもあると思いますが、
今回もまたそのひとつをご紹介します。
それは、自分に対して「なぜ?」と問いかけることです。
どんなことに対しても、その答えを求めていくのです。
なぜ仕事をするのですか?なぜ成長したいのですか?


こうした基本的な質問です。さらに、その答えに対して
何度も「なぜ?」を繰り返し、掘り下げていってください。
きっと何かが見つかります。ぼんやりと毎日を仕事に
費やしているならば、自身の「役割」はなかなか見つから
ないと思います。自分だけの答えを見つけることができ、
「役割」を知ることができたら、今の今から生き方や仕事
ぶりが変わってくるかもしれません。
私は、これが「自己評価」につながると考えているのです。

月刊フナイ☆メディアより転載)

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さて…。すごい人は書いています。しかも、人に
読んでもらうことを意識して文章を書いています。
船井会長は、まるで「日記」のごとく文章を書いて、
それを1年に10数冊もの書籍にしてしまうのです。
一方、船井総研の小山社長は、毎日「入小求山」
というテキストを書かれています。豊富なコンサル
事例や気づき、新情報などを、毎日書きため、
定例の勉強会などのテキストにされています。


また、同じく船井総研の三浦氏も、日刊ミウラ
レポートというテキストを毎日書かれていて、
当社でも私に配信されるレポートを全社員に
転送して勉強させていただいております。


今、文部科学省は、中高生の読解力および
作文力の弱さに頭を悩まし、学習指導要領の
改訂を進めています。応用力や活用力の伸長を
期待してスタートした総合的な学習も、今では
各教科の授業時間をカットする要因となり、
基礎学力低下の元凶のようにいわれています。


現段階では、学校五日制すら見直す必要がある
とされ、教育行政の芯のなさを感じざるをえません。
いったい学校はどこへ行ってしまうのか、心配で
なりません。そんな背景もあるのでしょうか?


幼児向けの教育番組でも、斉藤孝氏の「声に
出して読みたい日本語」のコーナーがあったり
します。なかなか興味深くておもしろいのです。
そして、大人はというと、最近とても「文章熱」が
高まっているように思います。書店に並ぶ書籍の
中でも、言葉や文章作成に関するものが目立って
多いことに気づきます。


かつては、インターネットのホームページを使って、
自分の考えを主張するスタイルが広がりました。
そして、今は、ブログなる新しい武器を使って、
より密度が濃く、頻度も高い日記風スタイルが
大きな広がりを見せています。ある無料ブログ
運営会社では、一週間に500から1000件の
スピードでブログが開設されています。


また、別の企業の、「おもしろいものはどんどん
書籍として出版していく」という発表に、約20万人
のブロガー(ブログを書く人)が集まってきている
そうです。かつては書籍の出版なんて、先ほど
述べた「すごい人」や「選ばれた人」だけの特権
のようなものでした。しかし、こうした流れは、
「書きたい人」が「発表できる人」になれる確率を
極度に高めました。「書く」ことは、古くてとても
新しい文化になったといえるでしょう。


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書き手にとって、とても楽しみな時代になりました。
そして、読み手にとっても、今までなら読むことが
できなかったはずの文章が読める時代になった
わけです。こうした変化が、子どもたちにもきっと
大きな影響を与えるのではないかと思います。


「この部分の作者の意図は~だ」とか「ここの
作者の心情は~だ」などと型にはめる問いかけ
ではなく、「とにかく自分の感じたことを好きなよう
に書いてみなさい」というスタイルが、これからの
国語教育の流行になるかもしれませんね。


テキストは、斉藤孝さんの書籍だったりして…。
「書き方のコツは、斉藤孝さんのいっている
とおり…」なんて…。
どんどん読んで、どんどん書く。私も日々コツコツ
続けたいと思っています。


一方、それまで書かなかった人が書きはじめると
どうなるか?私は大きな成長が期待されると考えて
います。事実、当社にも「書く」人が増えてきました。
その人たちが書きはじめた当初は、とことんつき
あいました。ブログ、個人の読書日記、手紙や
ファックスの文、お客様向けの告知文書なども
含めて、徹底的に文章の意図を聞き出し、添削する
形で、社員たちと並走しました。その結果、今では、
ほとんどの人がひとり立ちしてくれるようになりました。


「学校みたい…」という感想をお持ちかもしれません
ね…。ただ、企業として「公的」に出す文章には、
一定の基準とレベルを満たしている必要があります。
ですから、小さな会社の小さなルールとして、こうした
地道な底上げは必然のプロセスととらえています。


さらに、ブログなどを活用して、「自分自身」を発信
することは、もっと重要です。人財教育の現場に
おいても、まずは自分自身の棚卸が必要だと、前号
でも述べました。自分のことは自分ではなかなか
わからないものです。だからこそ、自己表現を重ね、
自己を芯から見つめなおすことが、自己認識と成長の
ためにもっとも近道なのだと考えています。


この号が出るころには、ホームページをとおして
当社の営業マン全員のブログをご覧いただける
はずです。情報発信するためには、それに足る
学びと研鑽が必要となります。
だから、「書く」と成長するのです。


書くと学びます。


学ぶともっと書けるようになります。
そうして、自分を日々磨きたいものです。
書くと人は育ちます。
だから、人っておもしろい…!


月刊フナイ☆メディアより転載)

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