ホームインフォメーション > 佐野浩一の『超・人財共育のススメ』
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船井幸雄の人財育成術を体系化した、「ひと・コンサルタント」佐野浩一が贈る人財教育コラム。【毎月第4木曜日掲載】

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今回は、ちょっとマイナスイメージからスタートさせて
いただきます。
エゴの強い人は何か不具合が起きた時、人のせいに
することが多いようです。自分のエゴは横において、
他人のエゴを攻撃します。もっとエゴの強い人は、
他人のエゴまで包み込んでしまい、自分のエゴには
ほとんど気づいていません。いずれのタイプも、組織に
おけるチームプレーにはマイナス要因となってしまいます。


企業における教育性という視点で捉えると、業務遂行に
プラスかマイナスかという判断基準で、マイナスならば
やはり徹底的に指導する必要があると考えます。

周囲に媚びる人、根拠のない噂を流す人、悪口ばかりを
言う人、業務以外のことで周囲より上に立とうとする人、
言い訳をしたり、人のせいにする人、任された仕事から
逃げる人、力量のなさを棚に上げ目立とうとする人……。


組織に悪影響を及ぼすタイプにもいろいろありますが、
いずれもその根底にある意識は「保身」ではないでしょうか。
しかし、常にそんなことを考えているようでは、もともとの
力量が高くても「宝の持ち腐れ」になってしまいます。
処世術だけでは仕事はできないということです。
一刻も早く、「間違っているよ。そんなことをしていたら
ムダだよ!」と伝える必要があります。


そうでなければ、結果的に「その人」自身も伸ばすことが
できず、特に猫の手も借りたいくらいの中小企業に
おいては、大きな機会損失となってしまいます。
現在は、日本も終身雇用の時代ではなくなりつつ
ありますが、ある意味で企業はひとつの「生涯学習機関」
であると考えます。すべてのメンバーが組織の中で
大いに学び、大いに活かされるために、まず「躾」レベルの
徹底が必要だと思えてなりません。


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仕事には、mustとcanとwantの3種類があると
いわれます。
自身の仕事内容を振り返ってみるとき、経営者や
上司から見て、できる社員と普通の社員の違いは
一体どこにあるのでしょうか。


普通の社員は、しなければならない仕事、
つまりmustしかやりません。一方、できる社員は、
mustの他に、can(=自分ができる仕事)と
want(=自分がやりたい仕事)を必ず平行して
実践しているものです。

誤解があっては困りますが、一般的に、パート社員や
アルバイト社員に要求される仕事はmustレベルでは
ないでしょうか。

しかし、イオングループでは、以前パート社員を店長に
登用する異例の人事を実施しました。おそらく、
その対象となった方は、パート社員でありながらも、
canとwantを日頃からコツコツ実践されていたからだと
想像します。


経営者や上司は、常に社員に対して「もっと、もっと…」を
求めますが、逆に社員の立場の方も、仕事を通して
自己成長につなげるために、「もっと、もっと…」を自身に
課してもらえたらと思います。その思いだけでもずいぶん
成長スピードに違いが出てくるものなのです。
企業にとっても個人にとってもmustはあたりまえ、
canやwantに焦点を当てたチャレンジが何より大切だ
という視点を全社で共有したいものです。


月刊フナイ☆メディアより転載)

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私たちは学校を卒業すると、それまでと違った
もっと厳しい「社会」という学校に入学します。
いよいよこれまでに学んできたことを実践する
場です。そこは企業のような組織体であったり、
地域であったり、家庭であったりするわけです。
その様々な分野の中で、

偏差値が高い=仕事ができる・
          人間性が豊かである・
          生きる力がある

知識量が豊富=仕事ができる・
          人間性が豊かである・
          生きる力がある

という図式はもはや誰もが成り立たないことを
認識しています。資格や学歴だけでは、その
人の「仕事力」ははかれないということです。
「仕事力」とは、知識量、理解力、洞察力、
判断力、コミュニケーション能力、行動力、
表現力、さらにはその人の性格、感性、感受性、
モチベーション、勤勉さなどにスキル(その人の
得意分野や習熟した技能)をも含めた総合力です。
まさしく、この「仕事力」がモノをいいます。


知識量が多いことは、「人間力」を形成する様々な
要素のほんの一部でしかないことは明らかです。
そして、「仕事力」レベルの高い人こそ、デキる人と
呼べるのではないかと思っています。
よって、本当にデキる人になるためには、かなりの
精進が必要なのかもしれません。


さて、アウトプットに話を戻しましょう。
感性、感受性などの心の面も、デキる人の条件
だとすれば、「人にやさしい」というのもその一つです。
しかし、いくらその人がやさしくても、それが柔和な
表情ややさしい言葉や思いやりのある言動となって
表現されない限り、周囲は認識できません。
表現されてはじめて、やさしさとなるわけです。
こんなところからも、アウトプットの大切さを理解して
いただけると思うのです。


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私がビジネスの現場において気をつけているのは、
社員に与えたそれぞれの仕事をとにかく形にして
もらうことです。私どものような新しい会社では、
成長過程においてタイムリーな課題や仕事がどんどん
生まれてきます。やったことがないからといって放置
しておいたのでは成長がありませんから、まずやって
みなければなりません。


しかし、誰もがやったことがないのですから、そこに
チャレンジが生まれます。あまり悠長なことを言っては
おられませんが、その時には「まずやってみる」
「とにかく形にしてみる」というレベルが、アウトプットを
続けることによって、いつしかそれなりのレベルに達する
わけです。ここに人と企業の成長の鍵があります。


一方、気づきはその人のレベルを上げてくれます。
そして、気づきはまず自分を知ることから始まるようにも
思います。自分に対しても常にアウトプットを課して
みてください。たとえば、自分に対して「なぜ?」と
問いかけることです。一つ質問したら、その答えに
対してまた「なぜ?」と問いかけましょう。
これを、何度も何度も繰り返していくうちに何かの気づきが
生まれてきます。そうして、自分だけの答えを見つける
ことができたら、生き方や仕事ぶりも変わってくるかも
しれません。


なぜ、あなたは仕事をするのですか? 
なぜ、あなたは成長したいのですか? 
あなたの役割は何ですか? 

アウトプットによって、自分自身をどんどん開いてみませんか!
「アウトプット」が人を育てる…。だから、人っておもしろい。


月刊フナイ☆メディアより転載)

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人間のカラダは、「食べる」「吸収し栄養にする」
「外に出す(排出する)」という3つのステップで
成り立っています。このうちどのステップが欠け
ても、体に不具合が生じてしまいます。ですから、
健康なカラダを目指すのに、食べることだけ、
吸収することだけ、排出することだけに偏ることは
決してありません。


それでは、人間のアタマについてはどうでしょうか?
人間のアタマも、本来「知る・学ぶ(=食べる)」
「考える(=吸収し栄養にする)」
「表現する(=外に出す)」という3つのステップが
あるから、成長できるのです。


もし、表現する(=アウトプット)というステップが
なければ、詰め込んで吸収するだけですから、
カラダでいえば肥満や便秘状態になってしまいます。
やはり、どれが欠けても健康なアタマとはいえません。


ところで、いくらアタマでわかっていても、いざやって
みたら全然できなかったという経験をお持ちではない
でしょうか。この場合は、インプットとアウトプットが
つながっていないのです。私たちが何かの技能を
修得するにも、知り得た知識を応用、活用するにも、
必ず反復練習が必要です。


知ったこと、わかったことを、自分なりの言葉や行動で
表現してみることがそのスタートとなります。会議などの
議論の場においても、初めは焦点がぼやけていても、
いろいろと意見を出すうちに大きな方向性が見えてくる
ことだってあります。こんなところにも、アウトプットの
大切さが見え隠れします。結論じみたことを言えば、
アウトプットなしでは、カラダもアタマも成長し得ない
ということになります。


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ここで、日本の学校教育について考えてみましょう。
高度成長期を支えてきた(?)と一定の評価を受けた
時代もありましたが、次第に「知識偏重」型と各方面
から厳しい指摘を受け、その度に小手先の改革を
行なってきた感があります。
そして、その「詰め込み教育」の弊害を修正するべく、
教科の中身を減らした「ゆとり教育」へと姿を変えて
いきました。しかし、その結果はどうでしょう。


12月7日に経済協力開発機構(OECD)が発表した
調査結果において、日本の15才の学力は急落して
いました。41カ国・地域を対象に、2003年に15才の
学力到達度を調べたところ、2000年に比べて日本は、
読解力は8位から14位に、数学的な応用力は1位から
6位に後退しました。


その原因として、「勉強しなくなったから」「家庭における
教育力が低下しているから」「読書量が減っているから」
とする有識者のコメントが報道されていましたが、私は
もっと根本的なところに問題があると考えます。結局は、
わが国の教育が「教える」という一方通行型のスタイルで
しか捉えられていなかったからではないでしょうか。


「教える→学ぶ」(=インプット)の次に、
「考える→表現する」(=アウトプット)というプロセスが
ほとんど意識されていないように思えてなりません。

教員時代に、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、
ベトナム、中国等で、幼稚園から大学まで約30校ほど
授業視察をさせていただいた経験があります。
そのいずれの国においても、共通して授業は
アウトプット型だったのです。先生が一時間中ずっと
何かを説明しているような授業は皆無です。


逆に、児童や生徒たちがその授業の題材をテーマに、
様々な意見を発表し、先生はその流れをコーディネイトし、
一定の結論まで導いていきます。
以前、アメリカで最優秀教師に選ばれた先生の
授業風景がテレビ放映されていましたが、その厳格な
姿勢、卓越した話術、授業のコーディネイト力に加え、
子供たちからどんどん意見を引き出す力量の高さに
感動を覚えたものでした。

私は、今こそアウトプットの必要性が論じられるべきだと
確信します。

月刊フナイ☆メディアより転載)

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伝説のアイコンタクトといえば、数々の名勝負を演じた
伝説のピッチャー・江夏豊氏(当時広島東洋カープ)の
エピソード。


1979年11月4日、近鉄×広島の日本シリーズ第7戦。
広島が1点リードのまま、9回裏の近鉄の攻撃。7回
裏からマウンドに上がっていた広島のリリーフエース・
江夏投手は、ヒットと盗塁、エラーで攻め立てられ、
無死三塁のピンチを招きました。そこから四球と敬遠で
無死満塁という一打逆転サヨナラの場面。


ここから江夏は代打佐々木を三振に取り、一死。
次の打者・石渡のところで、江夏は彼の1球目の
見逃し方と一塁走者の眼の動きからスクイズを
見抜き、2球目にカーブの握りでわざと投球動作を
遅らせたうえ、打者の動きを見ながらカーブを外角
高めに大きく外しました。


これにより、石渡はスクイズを空振り、三塁走者は
三本間でタッチアウトとなったのです。
その後、石渡は三振に倒れ、広島の日本一が決定。
9回だけで21球を投げた江夏投手は胴上げ投手と
なりました。


これが、今でもファンに語り継がれる「江夏の21球」です。
江夏氏のアイコンタクト能力は、まさに数えきれない
経験とレベルの高い技術と感性に裏打ちされたもの
ではありますが、私たちが学ぶべき要素が多く含まれた
エピソードのひとつであると思います。


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私たちが組織の中で仕事を進める場合、チームプレーが
要求されることは少なくありません。
その中で、“気づく人”と“気づかない人”の差は大変
大きなものといえます。
人間は、ありがたくも様々な
コミュニケーション手段を持っていますが、言葉を使わない
コミュニケーション能力(ノンバーバルコミュニケーション)に
気づきの“差”が現れるのではないかと思っています。
極論すれば、“五感をフル活用して仕事をする感覚”が
必要なのです。


アイコンタクトはまさにそのひとつ。チームメイトが何を
どのようにしたいのか、目の前のお客様が今何を考えて
いるのか、賛成なのか、反対なのか、うまくいく状況なのか、
そうではないのか、相手は自分をどのように思っているのか…。
目を見つめる習慣は、相手の主張や考えをキャッチする
ことはもちろん、場を読む力の向上にもつながります。
場を読める人は、仕事ができるうえに、信頼できる仲間
づくりもうまいといえるのではないでしょうか。


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エゴはどうしても目に出てしまいます。
「自分が、自分が…」と思っている人の目は、近くで他の
人がほめられていたりすると、急に険しくなります。
逆に、自分がほめられている時には、必ず他のメンバーが
自分に注目していることを確認しようとする目つきをして
います。


エゴの強い人は常にまわりを気にしているので、
目線が落ち着かないのです。
一方、エゴの少ない人は落ち着いています。他人が
ほめられていると、自分も嬉しそうです。よく観察すると、
その人の目も笑っています。


目はウソをつきません。不安定な視線はそのまま不安定な
心的状況を表現しているといえそうです。まずは、“しっかり
見つめ、しっかり受け止める”習慣をつけたいものです。
そうすれば、必然的に心も安定し、相手や周囲を思いやる
気持ちも育ってくるでしょう。意識してアイコンタクトを行って
みてください。目は口ほどにものをいうのです。

「アイコンタクト」が人を育てる…。だから、人っておもしろい。


月刊フナイ☆メディアより転載)

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アイコンタクトとは、「対話中に相手を見つめること」
「スピーチの最中、聞き手に視線を向けること」、
つまり、目の接触のことをいいます。そして、長い間
ずっと顔を凝視することをゲイズ、つまりアイコンタクト
の総合量をゲイズと呼ぶそうです。


ある実験によると、会話の時、男性よりも女性の
方が目をみつめる時間が15%も長いことが報告
されているそうです。性格的には、内向型よりも
社交型の方が注視頻度も持続時間も勝るといわれ
ています。 さらに、リーダーシップがあり、自信の
ある人は、アイコンタクトが強くて長いのです。


アイコンタクトの長さを測る研究は、アメリカでは盛ん
に行われています。
その中でも有名なのが、コミュニケーション学者の
アーガイルの行ったゲイズの研究です。それによると、
対話中の相手に対する凝視の平均は、アメリカ人の
場合58%、つまり全部の時間のうち58%の時間、
お互い同士が“凝視している”という結果が出ています。
これに対して、日本人の学生を対象にしたデータでは
50%を切っているのです。


つまり、私たち日本人は、アメリカ人に比べて対話中に
“相手を見つめていない”ということになります。私たち
日本人は、伏し目がちな目の使い方も、相手に対する
尊敬の気持ちの表現、謙遜の表現として教育されて
きました。


江戸時代においては、将軍の前に出た庶民たちは、
将軍の顔を見ることを許されませんでした。そして、
武士たちも、「苦しうない。面を上げい。」と言われて
はじめて、主君や将軍の顔を見ることを許されたわけ
です。


こうした文化的背景はマイナス要因ではありますが、
アイコンタクトの重要性は、人財論、リーダーシップ論の
観点から、日本でも日に日に高まっているといえます。
まずは、日頃から鏡の前などで自分の視線のチェックを
行なってみてはいかがでしょうか。伏し目がち、脇見、
流し目は一切禁物。堂々と相手の顔を見つめる。
相手に見つめられたら好感をもって見つめ返す。
こうしたことが、コミュニケーション能力の向上を目指す
なら、最低限必要なことだと思われます。

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プロサッカーのJリーグが設立された頃、さかんに
アイコンタクトの重要性が指摘されました。
この場合のアイコンタクトとは、前段で述べた意味
合いと少々異なります。自分がボールを持ったとき、
まず全体状況を把握し、誰がどのポジションにいて、
どの選手がどのようなプレーを選択しようとしていて、
しかもその中でどの選手にパスを出すことが最適
なのかを、一瞬のうちに判断しなければなりません。


サッカーのような動きの速い競技だからこそ、この
一つひとつの選択がゲームの行方を左右するのです。
その際に不可欠なのが、この一瞬のアイコンタクト
なのです。


こうしたアイコンタクト能力を高めるために、練習では
ワンプレーごとにストップがかけられ、一つひとつその
判断が適切であったかどうかが徹底的に確認された
そうです。自分は何をしたかったのか、相手は何を
したかったのか、他の選手にパスを出すという選択は
なかったのかなど…。


こうした検証が繰り返されるうちに、各選手それぞれの
力量やくせがわかり、そのチームに最適な攻撃パターン
が育ち、チームプレー全体の質が高まっていきました。
そして、この成果が後のワールドカップ出場へと
つながっていくのです。

月刊フナイ☆メディアより転載)

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さて、組織とはいったい何のために存在するとお考え
でしょうか。組織論を専門的に研究されておられる
先生方には、「安直だ」とお叱りを受けるかもしれま
せんが、私はただ一つ「人を活かすために存在する」
と考えています。組織論から一足飛びに評価制度の
議論に進めるのは拙速ですが、組織があるからこそ、
その中で求められる個々の役割や成果が評価される
ことになります。


ただ、ここでいう評価というのは、そのまま給与や
ボーナスの査定だけを意味するわけではありません。
評価というのは、そもそも何をもって社員やスタッフに
報いるかということです。当社のような設立後間もない
ベンチャー企業では、すべてをお金(給与やボーナス)
で報いることはできません。ある一定レベルまで会社
自体を押し上げ、安定させるまで、ないソデは振れない
わけです。


しかし、昨今の新卒者の企業志望理由におもしろい
傾向があります。仕事に見合った対価をある程度
求めるのは当然としても、仕事から生まれる達成感や
喜びに重きをおく風潮が高まってきている点です。


つまり、「活かされている」「認められている」という
環境自体が、“報酬”であるという捉え方です。
力がつけば昇進を。新たな可能性のためには異動を。
人を活かすためには、常々先入観にとらわれない
柔軟な組織編成を心がけたいものです。


何であっても、硬直的なものからユニークなものはまず
生まれないからです。とはいえ、昇進についてはまず
受け入れられますが、一般的に人事異動にはネガティブ
な感覚がともなう傾向があります。


そもそも、人事異動とは、「仕事の質と環境」を変える
ことで、「行動と成果の質」に変化を起こさせることを
意味します。よって、「(その人が)不要になったから」
行なうのではなく、「(その人に)より素晴らしい人生を
歩んでほしいから」行なうという本義を忘れてはなりません。
もし、社員に人事異動をマイナスイメージで捉えさせて
しまっていたとすれば、それはひとえに経営者の責任
といえるでしょう。


日頃の努力や成果に対して、「名前」で報いる。組織を
つくることは、その企業がどのような方向性で社員を
育てようとしているのかを示すための手段であると、
私は思うのです。組織がそうした視点で構成されている
とすれば、「名前」を変えることで、仕事の質や期待値を
変え、社員に具体的指標を指し示すことができるのです。


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ところが、船井会長は役職や呼称に対して、
「できればそんなものはないほうがいい」と指摘しています。
ましてや、「~課長代理」「~部長補佐」などとわざわざ
組織を複雑にしたり、意図的にあてがわれるようなものは
必要ないと断言しています。できることなら、何事も単純で
わかりやすいほうがいい、また区別はしないほうがいい
という考え方です。役職以前にある本人の自主性に委ねる
ところの大きさを表現したものと考えます。


つまり、いくら「名前」を与えたところで、組織や経営者に、
「任せる」だけの度量がなければ人は育たないということです。
だからこそ、「名前」を与えることは、
「できるだけ(その人の個性を尊重し)、自由に任せること」と
同義であると考えなければなりません。

人は何かを任されると、不思議とヤル気を出すものです。
「名前」と「自主性」と「自由」、今回のテーマはどうやらこの
3つのキーワードに収束されそうです。「名前」というのは、
本当におもしろいものです。このように考察してみると、
私たちは、かなりの部分、名前に左右されているように
思いませんか。


そうした意味で、やはり「名は体をつくっている」のです。

「名前」が人を育てる…。だから、人っておもしろい。

月刊フナイ☆メディアより転載)


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「名は体をあらわす」と昔からよく言われます。しかし、そもそも
名づけが先ですから、正確には「名は体をあらわすようになる」
というのが正しいのではないかと思います。


以前、落語家・林家こぶ平さんの「9代目・林家正蔵」
襲名記者会見の様子がニュース番組で報じられていました。
2005年3月21日の襲名になるそうですが、会見時は頭髪も
黒に戻し、何とも緊張し、引き締まったこぶ平さんの姿を見て、
あらためて「名前」の持つ意味について考えさせられたことを
覚えています。


「名前」が変わるというのは、一般的には、力量が認められたり、
昇進や昇格によって与えられるということを意味するようです。

相撲界、歌舞伎界、落語界、囲碁将棋界…など、日本の
伝統芸能やスポーツにおいては特によくあることです。そして、
一旦「名前」を与えられたら、「名に恥じぬよう…」ということで、
さらに精進され、名実ともに一流となられることが多いように
思います。


このように公的に与えられるものがある一方で、自分の役割を
あらわす「名前」の変化もあります。役職や職名が変わったり、
子供が生まれて「パパ」や「ママ」と呼ばれることなどもこの
ケースに含まれると思います。この場合は、必然的に行動
レベルに変化が生じてきますので、確実に「名前」が人を
つくることになりそうです。ただ、この際、その「名前」に責任を
持ち、以前より謙虚で誠実な姿勢を持てるかどうかが大切です。

たとえ、「親」という名前が与えられたとしても、親としての責任と
機能を果たしていない事件も、昨今頻発しており、私も同じ親
としてとても胸を痛めています。


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私はこれまで様々な異なる文化を持った組織の中で生きてきました。
中でも、教員時代の学校組織、つまり「職員室」というのは
特殊な環境であったと思われます。見かけ上、“校務分掌”
という一つの組織が成立していますが、その中身は職務権限が
詳細に設定されておらず、“主任”や“部長”以下はフラットな
組織となっていることが多いのです。極論すれば、“主任”や
“部長”も含めてフラットな組織といってもよいでしょう。


結局のところ、どの仕事を、どのように、どこまでやるかについては、
その人個人の主体性に委ねられているわけです。給与体系も
基本的に年功序列ですし、仕事の特殊性ということから評価制度も
ほとんどありません。よって、仕事におけるやりがいは、自身が
求める教師像をいかに追求し、実現できるかということからのみ
生まれるといえます。


大学を卒業したての若者が、ある日教壇に立った瞬間に、皆から
「先生」と呼ばれます。それを謙虚に誠実に受け止めた人は、
「先生」という「名前」に見合った人間性と教育力を身につけるため、
ある種短期間で着実に成長していきます。しかし、「先生」という
名にあぐらをかいてしまった人は、残念ながらはじめから
成長可能性を閉ざしてしまうともいえます。そうした意味で、
人財育成という概念においてとても厳しい世界なのです。


ただ一つの救いは、日々、瞬間瞬間に、子供たちとその後ろに
いるいくつかの目(保護者など)に見られ続けているという事実です。
それがあるからこそ、教員は育てられるのだろうし、成長を支え
られているのだと、今となっては確信めいたものを感じています。
つまりは、教員自身も「先生」という「名前」に守り、育てられている
ということになります。

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 私たちはそれが仕事であろうとなかろうと、何か頼みごと
をするとき、どんな相手を選ぶでしょうか。


「自信がありません」

「できません」という人、

できない理由を言う、

つまり言いわけをする人に頼みごとをするでしょうか。

それならば、気持ちよく「はい」と言える人に頼みますよね。


ですから、「はい」と言える人には頼まれごとが集まってきます。
必然的にやるべきことが増えるわけですから、いろんなことに
チャレンジしなければなりません。そうしてチャレンジを重ねる
うちに、その人の力量がアップし、“引き出し”も増えてくるわ
けです。

当社の若手社員にもそういう人がいました。何かあれば、「~
君、これをやってくれるかな」「次はこれをやっておいてほしい」
というように、一日の中で何回名前を呼ばれることかわかりま
せん。「最初はどうして自分ばかり…」とも思ったでしょうが、
彼は一貫して「はい」と言い続けました。


そして、その中で彼は“自然に”育ってきました。今では、当社
の押しも押されぬリーダーとして、社員たちを引っ張ってくれて
います。


 では、なかなか「はい」と言えない人にはどうすればよいの
でしょうか。私は、いろんなヒントを出し続けながら、「はい」
と言えるまで“じっと見ながら待つ”ことにしています。つまり、
その人が「はい」と言えるタイミングをじっくり観察し続け、
「ここぞ!」というところで、少しだけ付加をつけた仕事を
与えてみるのです。


これは、平素から“見て”いなければ決してできません。
少々時間もかかってしまいます。しかし、そのようにしている
と、とてもうれしいできごとに遭遇するものです。


潜在能力は高いが、謙虚で真面目なせいか、仕事になか
なか自信が持てなかったある社員に、あえて仕事が立て
込んでいる状況下で、ある仕事を頼んでみたのです。答
えは「はい、やらせていただきます!」 「よし、やった!」 
私の代役を頼んだので、それなりにプレッシャーもあった
でしょうが、見事に彼女は高いレベルで仕上げてくれました。


「ありがとう! おかげで助かったよ!」と電話をしたところ、
彼女は次のように答えてくれたのです。

 「やらせていただいて、ありがとうございました!」

 「はい」のおまけに「ありがとうございました」

という言葉までついてきました。これでもう大丈夫。彼女が
その後大きく成長を続けていることは、言うまでもありません。


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 ところで、皆さんに一度観察していただきたいことがあるの
です。いつもあなたのそばにいる人、いつもなぜかあなたの
まわりをウロウロしている人、あなたのことをどこからか見て
いる人。


そして、「あのさ…」とまわりを見わたしながら言うと、必ず目
があって、「はい!」と返事をしてくれる人。あなたがどのよう
な立場であれ、こういう人たちの存在にぜひ気づいてほしい
のです。もしかしたら、その人はあなたの力になりたい、また
はあなたに育ててほしいとサインを送っているのかもしれま
せん。


だから、あなたの近くにいて、いつでも「はい!」と言う準備を
しているのです。そんな大切な人材を見逃してしまっては、
それこそ大きな損失につながると思われませんか…?


「はい」が人を育てる。だから人っておもしろい…。


月刊フナイ☆メディアより転載)

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 「はい」という返事の大切さを、最近いろんな場面で考え
ることがあります。コミュニケーションという言葉の意味は
そもそも“双方向の意思伝達”ですから、人は言葉を発し
た時、それを相手がキャッチし、「理解したよ」という意思
表示がなされて始めて成立することになります。

今、私たちは情報化社会の真っただ中にいて、様々な伝
達手段が発達してきた結果、こうしたコミュニケーションの
原点が失われつつあるように思えてなりません。そうした
ことから、今回は超基本的な返事としての「はい」、そして
人財育成につながる意思表示の「はい」について、ちょっと
した考察ができたらと思います。


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 私自身、幼少時代から、返事と挨拶だけはたたきこまれ
てきました。このことは、今になってあらためて両親に感謝
しています。よって、私の中には返事と挨拶は空気のよう
なものという認識がありましたので、教員時代には、返事
のできない子供たちの多さに閉口したことを記憶しています。


返事や挨拶はそもそも家庭で躾けられるべきものですが、
今の時代、学校や企業がその役割を担っているというの
も不思議な話です。返事の仕方をわざわざ教えなければ
ならないのは、組織として確かに機会損失ではあります。


しかし、まず「はい」と返事をする風土を育てることで人が
育つなら、それもまた正解のひとつであると思っています。
そして、結論から言えば、「はい」をきちんと言える人は、
必ずや伸びるといっても間違いではないというのが、今の
私の見解です。


ある居酒屋チェーンでは、入店したお客様に、いつも「よう
こそ~へ!」と大きな声と笑顔をプレゼントしています。
そして、何かを注文するたびに、「はい! よろこんで!」
という言葉とともに、大変気持ちよく応対してもらえます。


私はこれを見て、「接客マニュアル」通りだな…と冷静に
認識しながらも、つい顔がほころんで気持ちよくなってい
る自分に気づきます。同じチェーン店でも、店が違うとや
はり接客のレベルは明らかに異なります。


やはり、そこのトップやリーダーがどのように教え、周知
徹底させているかにかかっているようです。
「はい」には
いくつかの用途や意味がありますが、「呼ばれたときに
答えたり、応じたりする言葉」として捉えた場合、こうした
基本マナーの徹底は組織としてあたりまえのこととされ
ていなければなりません。


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 船井流の人財育成法として、まずキャリアが浅いうち
は雑用であろうと何であろうと、とにかく徹底的に仕事
をさせるという考え方があります。その際、伸びる人と
伸びない人との違いはただひとつ。


「~をしてくれないか?」
「~はできるか?」


という問いかけ(指示?)に対して、

「はい、やらせてください」

と答えられるか、

「いやあ、ちょっと自信がないので…」と答えてしまうか、

本人がどちらの選択をするかにかかっています。
ここにまた、「はい」の大切さがクローズアップされて
きます。


しかし、その際、上司やリーダーが、仕事を与える相手
の能力をどの程度把握しているかによっても状況は変
わってきます。技術的、経験的にかなうはずもない力を
要する仕事を与えてしまうようでは、上司失格、リーダ
ー失格ということになります。


この点を、人材採用コンサルティング企業である株式
会社ワイキューブの安田佳生社長は、その著書「採用
の超プロが教えるできる人できない人」(サンマーク出
版刊)の中で、次のように定義づけておられます。


それは、力量のプラス20%程度の付加を与えることが
適切であるということ。
日々現場に携わっていますと、
安田社長の指摘はなるほど的を得ていると実感する
場面が数多くあります。

つづく

月刊フナイ☆メディアより転載)

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 それから数年後…、私は船井会長との出会いがあり、
そこで運命的ともいうべき船井流「長所進展法」を知る
ことになります。シンプルだけれど極めて奥が深い成功
法則。まさしくその瞬間、「これだ!」と思ったことを記憶
しています。


 経営者という立場になってからは、さらに自分自身に
少しずつ変化が訪れます。創業以来、私自ら「船井流
人づくり法」の研修を月2回、全社員向けに行うことに
しました。


その中で、認めることの大切さから始まり、長所進展法
についても熱っぽくみんなに語り続けました。そうしてい
るうちに教育の本質は、「研修の場で語
る内容」では決してなく、「経営者自身の日常姿勢その
もの」にあるという極めてあたりまえのことに、心の底から
気づいたのです。
認めてほめると人は成長
します。そして、おもしろいことに結果的に自分自身も相手
も成長するのです。


稚拙ながら、私なりに様々な実践を行っていますが、今回
はその一つをご紹介したいと思います。それは、社員を外
部の方々に紹介するちょっとした工夫にあります。


まずお会いしたときに、こちらから、


「彼の名前は~といいます。まだ若いですが、
とにかく頑張りやで、とてもよく勉強する営業マンなんです! 
彼はきっとすばらしい仕事をすると思うので、どうかよろしく
お願いします!」



…というように、かなり“手前みそ”ではありますが、必ず
その人の長所をあげて紹介するようにしています。この
ひとことで、お客様と担当社員の距離感はぐっと縮まり
ます。それからは、おもしろいことに、お客様も担当社員
のよいところを見て対応してくださるようになるのです。
みんなが喜べること、これぞまさしく「本物」だと自負して
います。

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 私たちは、日々人に囲まれて生きています。その周囲
の人々のよさ、企業内なら社員それぞれのよさを互いに
理解し合えたら、私たちはどんなに幸せでしょうか。


 人の性格や特性には、自分自身ですら気づいていない
ところ、さらには誤解してしまっているところまであるよう
です。ですから、他者がすべてを認知することはできない
としても、少なくとも互いのよさを見つめる視点があれば
きっとうまくいくと信じています。


いうまでもなく、組織は人でつくられるもの。人が活かさ
れていない組織は何となく元気がありません。人は、
ほめられ、認められると、今度は自分で自分を活かそう
するエネルギーに変換していく力を持っています。


これは、教室の中の生徒たちであろうと、一人前の大人
であろうとまったく同じなのです。だから、結果的に“活
かされる”ようになるのです。


私の尊敬するある経営者から、ある時
「トップの仕事は“見る”ことである」

教えていただきました。私がもっとも大切にし続けたい
と考える姿勢です。トップ自らがよさを見つめる習慣を
持っていると、その組織にはよさを見つめる環境が育っ
てきます。


標語にして、紙に書いて壁に貼り付けるだけでは、どん
なにすばらしい言葉であっても根づかないことを、教員
時代にいやというほど経験しましたトップが
「言行一致」「有言実行」を実践し、よさを見つめる習慣を
持ち備えることに尽きるでしょう。そうすれば、社内にもき
っと「言行一致」と「有言実行」の輪があふれてくるように
思います



人が育ち、自分も育つ。だから人っておもしろい…。

月刊フナイ☆メディアより転載)

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 私は、教育は「共育」(=共に育つこと)だと考えています。
トップが育てば社員も育つ、社員が育てばトップも育つ。


そうした好循環の中でこそ、企業は成長するエネルギーを
保ち、さらに増大させることができるものだと信じます。それ
では、感謝の気持ちを込めてスタートさせていただきます。

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 人はほめられるとうれしいもの。でも、そこで謙遜してしま
うのが、いわゆる日本流の“奥ゆかしさ”ともいえるようです。


 私がまだ私立の中学・高校の教員をしていた頃、男子
テニス部の監督を担当していました。ある時、私とチーム
を変える大きなひとことに出会いました。それは、女子テ
ニスの伊達公子選手の師匠で、元全日本フェデレーション
カップ監督の小浦猛氏のひとこと。


「佐野さん、君のチームはどう…? あ、あの選手
なかなかいいね!」



「いやあ、先生うちはまだまだですよ…。あの子は
フォアハンドが弱いし、試合でも安定性がないんですよね。」



「佐野さん、監督である君がそういうことを言
っていてはダメだな! 『どう!』って聞かれたら、まず選手
やチームのいいところを並べたてるくらいじゃないと! ほめ
られたら、謙遜するのではなく、『ありがとうございます。すご
いでしょう! その通りなんです!』と答えられないと選手も
君も伸びないよ!」



私にとって、それはそれは大きなひとことでした。素直に
謙虚に受け入れることができると、必ず感謝の表現につ
ながるものです。それからは、いっそ自分自身のことも
含め、ほめていただいたときは、素直にそのままお受け
することにしました。


「佐野さん、がんばってるね!」


「はい、がんばっています! ありがとうございす。」


「君のチームは~がとてもすばらしいね!」


「その通りなんです。ほめていただいてありが
とうございます。そうして長所を見てくださる先
生のチームも~が本当にすばらしいですね!」



 言葉は“言霊”であるとよく言われますが、まさしくその
とおり。プラスの言葉があふれると、間違いなくプラスの
環境が生まれるものです。私がこうして自らの姿勢を変
えてから、チームは上昇機運に包まれるようになったの
です。

つづく

月刊フナイ☆メディアより転載)

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