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佐野浩一の『超・人財共育のススメ』 Vol.9「とにかくアウトプット」前編

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人間のカラダは、「食べる」「吸収し栄養にする」
「外に出す(排出する)」という3つのステップで
成り立っています。このうちどのステップが欠け
ても、体に不具合が生じてしまいます。ですから、
健康なカラダを目指すのに、食べることだけ、
吸収することだけ、排出することだけに偏ることは
決してありません。


それでは、人間のアタマについてはどうでしょうか?
人間のアタマも、本来「知る・学ぶ(=食べる)」
「考える(=吸収し栄養にする)」
「表現する(=外に出す)」という3つのステップが
あるから、成長できるのです。


もし、表現する(=アウトプット)というステップが
なければ、詰め込んで吸収するだけですから、
カラダでいえば肥満や便秘状態になってしまいます。
やはり、どれが欠けても健康なアタマとはいえません。


ところで、いくらアタマでわかっていても、いざやって
みたら全然できなかったという経験をお持ちではない
でしょうか。この場合は、インプットとアウトプットが
つながっていないのです。私たちが何かの技能を
修得するにも、知り得た知識を応用、活用するにも、
必ず反復練習が必要です。


知ったこと、わかったことを、自分なりの言葉や行動で
表現してみることがそのスタートとなります。会議などの
議論の場においても、初めは焦点がぼやけていても、
いろいろと意見を出すうちに大きな方向性が見えてくる
ことだってあります。こんなところにも、アウトプットの
大切さが見え隠れします。結論じみたことを言えば、
アウトプットなしでは、カラダもアタマも成長し得ない
ということになります。


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ここで、日本の学校教育について考えてみましょう。
高度成長期を支えてきた(?)と一定の評価を受けた
時代もありましたが、次第に「知識偏重」型と各方面
から厳しい指摘を受け、その度に小手先の改革を
行なってきた感があります。
そして、その「詰め込み教育」の弊害を修正するべく、
教科の中身を減らした「ゆとり教育」へと姿を変えて
いきました。しかし、その結果はどうでしょう。


12月7日に経済協力開発機構(OECD)が発表した
調査結果において、日本の15才の学力は急落して
いました。41カ国・地域を対象に、2003年に15才の
学力到達度を調べたところ、2000年に比べて日本は、
読解力は8位から14位に、数学的な応用力は1位から
6位に後退しました。


その原因として、「勉強しなくなったから」「家庭における
教育力が低下しているから」「読書量が減っているから」
とする有識者のコメントが報道されていましたが、私は
もっと根本的なところに問題があると考えます。結局は、
わが国の教育が「教える」という一方通行型のスタイルで
しか捉えられていなかったからではないでしょうか。


「教える→学ぶ」(=インプット)の次に、
「考える→表現する」(=アウトプット)というプロセスが
ほとんど意識されていないように思えてなりません。

教員時代に、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、
ベトナム、中国等で、幼稚園から大学まで約30校ほど
授業視察をさせていただいた経験があります。
そのいずれの国においても、共通して授業は
アウトプット型だったのです。先生が一時間中ずっと
何かを説明しているような授業は皆無です。


逆に、児童や生徒たちがその授業の題材をテーマに、
様々な意見を発表し、先生はその流れをコーディネイトし、
一定の結論まで導いていきます。
以前、アメリカで最優秀教師に選ばれた先生の
授業風景がテレビ放映されていましたが、その厳格な
姿勢、卓越した話術、授業のコーディネイト力に加え、
子供たちからどんどん意見を引き出す力量の高さに
感動を覚えたものでした。

私は、今こそアウトプットの必要性が論じられるべきだと
確信します。

月刊フナイ☆メディアより転載)

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