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船井流「上手な生き方・経営法」Vol.16 ◆プラス発想のプロ◆

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皆さん、こんにちわ。さて、今回は生き方の最大の
コツともいえる「プラス発想」について、少し具体的に
お話したいと思います。そして、私が「プラス発想の
プロ」と考えている家本賢太郎さんのことについても
少しふれたいと思います。


40代になると、43歳か44歳くらいから急速に成長が
止まる人と、ますます伸びる人との二手にわかれる
ものです。
伸びる人は新しいことに興味があって、人脈がどんどん
増えていきます。
ところが、今までやったことしかやりたくないという人は、
成長が止まってしまうので急に老け込んでしまいます。
興味の幅が拡がらず、同窓会に行きたくなったり昔話を
したくなったりしたら成長が止まった証拠です。


ですから、年齢とともに興味の幅を拡げて、勉強好きに
なってほしいのです。そうすれば、より効率的に学べ
ます。年齢を重ねるといろいろなことを知りますから、
若い時よりも効率的に学べるはずです。学ぶと、
すべてのものを単純化、万能化できるようになります。
伸びている人は、素晴らしい未来をつくり生きられる
確信を持てますし、プラス発想ができ、明るく前向きに
生きられます。こういう生き方をすると、おもしろいことに
その人のところへマイナスイオンが集まってくるようです。


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私の知り合いに家本賢太郎という25歳の新進若手
経営者がいます。
彼は、1999年1月にニューズウイーク誌にて「21世紀の
リーダー100人」に、2000年9月には新潮社フォーサイト誌
にて「次の10年を動かす注目の80人」に選ばれました。
彼は小学校6年の時に体の具合が悪くなり、中学2年の
時に頭に腫瘍があることがわかって手術をしたのですが、
その結果、下半身マヒになったそうです。


医者からは生涯車椅子生活だと言われてがっかりして
いました。並の精神力の持ち主ならば、そこから立ち
直るのは難しかっただろうと思われます。その時に
偶然出会った車椅子の営業マンに、「こういうことになった
のは、人にできない経験ができたのだからいいことなのだ。
だから感謝して、この経験をもとに世のため、人のために
生きたほうがいい」と言われたと聞いています。


それからは前向きに生きようと決意して、15歳の時に
クララオンラインという会社をつくりました。いつもプラス
発想して、明るく前向きに生きはじめたら、仕事がうまく
いって、世界的に有名な経営者になってしまったのです。
すると、おもしろいことに1999年にマヒが突然治りました。


彼は「年齢とともに興味の幅を拡げ、勉強好きになり、より
効率的に学び、すべてを単純化、万能化し、すばらしい
未来をつくり、生きられる確信を持ち、プラス発想して、
明るく前向きに生きる。」人でした。家本さんがひたすら
前向きに生きようとしたからこそ、このような奇蹟的なことが
起こったのではないでしょうか。


正しく生きている人にはマイナスイオンがいっぱい集まって
きて、その人の細胞のあたりに充満しているようなのです。
マイナスイオンが集まってくると癒されるのがわかっています。
また、そういう人と一緒にいれば楽しいですし、病気が治る
らしいこともわかってきました。

ですから、とにかくプラス発想して、明るく前向きに生きる
ことが決め手だと思うのです。逆に、マイナス発想して、
暗くうしろ向きに生きている人にはプラスイオンが集まって
くるようです。そうなると、結果的にはツキがない人生を
送ることになるといえそうです。


皆さんも、何かのときには家本賢太郎さんの話を思い出して、
彼のような生き方をしてみてほしいのです。そして、ぜひとも
「プラス発想のプロ」を目指していただけたらと思います。


(船井幸雄談、文責・佐野浩一)

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