本物研だより

特集

第九回「丹田物語 其の六」

「始めに言葉ありき・・・」

人は集団動物の性をもつのだから一人では生きられない、を幼少のみぎりから耳にしております。そして人が集団で生活を余儀なくされる時、なによりも必須なのが自らの意思を明確に伝える能力ですよね。

現代人の意思伝達をみてみるとおおよそ言語と文の二系統の方法により成されているのが判ります。この他に手話とか、ボディーランゲージだとかのパフォーマンスもあるが、それらはあくまでも言語の変わりか、言語に花を添えるためです。

そして伝達方法の主流というか、日常で最も使われているのが言語による意思表示なのです。あぁ、それなのに、それなのに、世の多くの人々は言語による意思表示の訓練を受けないままで世渡りをしているのです。これって、地図も磁石も持たないで山にはいるのと同じなのだし、レーダーも羅針盤も有しないで船出するに近いのでは?と思うのです。言葉の訓練をしないで集団世界に分け入ることは、なんとも勿体ないよね!

人が理性や知性のホモサピエンス人に成るのは、功成り名を遂げた出世人か、人生上でさまざまな訓練を経て相当な実力を有している方々だけなのですよ。まぁ、この一文は大きな声で言えないので小声で申しますが、学校教育だけで世間に出てしまったほとんどの方々は、自らの意思を明確に示せないままに雰囲気に左右され、目先の損得勘定と癖的感情が複雑に絡み合ってスッキリとしないままの物事決定基準となっているのです。ハッキリと述べますと自らの意思が明示できないままに他人に決定される一切は病的ストレスとなり、肉体的には懲罰的労働となります。そこでの労働からは経験の蓄積も喜びも甘受できないのです。

このことは人生上で起こる一切に当てはまります。受け身にまわって物事をやらなければならないことのすべてが心身の苦を生みます。人生は楽しいな!なんと面白いのだろう!と、朝の目覚めで軽やかに感じる人は学校での教育以外に人生道場に学んだ人か、卒業生であります。

人生道場は人生活性を目的に禅でいう「随所に主となる」を体得する処です。この「随所に主となる」は、人生上での物事の一切を受け身に回らないで積極的に、主体となって言動する、ということです。物事の瞬間の連続を主体となって経験したことの一切は、すべてが印象深き経験則を構築でき、人格向上の肥やしとして活かされます。ただし、それぞれが学ぶ人生道場には乙にすました家屋はなく、大空の下や仕事場や家庭が学びの場所となります。

この人生道場の学びの主目的である「随所に主となる」を実践するためにはハラから声を出す!ハラを据えて物事をすすめる!ハラで決断する!ハラを割って人と付き合う!などなどの、人生上でハラハラドキドキクヨクヨイライラなどして、結果的に寿命を縮め、病気を誘発させてしまう要因を造らないようにするのです。

例えば、世には多くのボイストレーニングや話し方教室などなどがありますが、人生上で必要なのは春夏秋冬「頭寒足熱」であり、その状態を維持し高めるハラの座り、これ即ち丹田形成なのであります(つづく)

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